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東京高等裁判所 平成元年(ネ)1923号 判決 1990年6月28日

控訴人 株式会社紫塚スポーツシテイ

右代表者代表取締役 芳賀満男

右訴訟代理人弁護士 下村文彦

伊藤惠子

被控訴人 岡田道男

右訴訟代理人弁護士 高山征治郎

亀井美智子

中島章智

山内容

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  昭和五三年当時、国土興業が紫塚ゴルフ倶楽部を経営し、親会社である第一観光とともに、その会員を募集していたこと、控訴人が、昭和五六年九月ころ、国土興業から紫塚ゴルフ倶楽部に関する営業の譲渡を受け、国土興業の債務を引き受けたことは、当事者間に争いがない。

二  ≪証拠≫を総合すると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

1  紫塚ゴルフ倶楽部は、昭和五一年八月ころ開場したいわゆる預託金会員制のゴルフクラブであり、第一観光と国土興業がその会員募集を行つていたが、昭和五三年六月ころ、第一観光が不渡手形を出して倒産した当時は、第一観光又は国土興業が負担する債務を弁済するために、紫塚ゴルフ倶楽部の会員権証書を債権者に交付するという方法もとられていた。

2  登茂勢は、昭和五三年一月ころから、第一観光が経営するクラブにオードブル等の軽食を納入し、第一観光に対する売掛金債権の額は同年六月末に合計四一四万〇二一〇円に達していたところ、その支払のために振り出された約束手形が決済されないままになつていた。

3  第一観光の営業部長であつた松島は、第一観光の倒産後は国土興業の営業部長に異動して、紫塚ゴルフ倶楽部の会員募集業務を担当していたが、登茂勢からの右売掛金債権の請求に対しても、紫塚ゴルフ倶楽部の会員権証書を交付する方法で処理することにし、登茂勢の代表者岡村哲郎(以下「岡村」という。)も、これを了承した。当時、紫塚ゴルフ倶楽部の正会員権は一口約二〇〇万円で募集されており、登茂勢には二口の会員権証書を交付することになつた(なお、岡村は、当時既に紫塚ゴルフ倶楽部の正会員であつた。)。

4  そこで、昭和五三年末ころ、松島は、国土興業からの授権に基づき、国土興業が同年三月二四日付けで発行した紫塚ゴルフ倶楽部の正会員権証書二通(甲第一号証の二、三。「紫塚ゴルフ倶楽部正會員資格證書」の表題の下に「貴殿は紫塚ゴルフ倶楽部の會員たる資格を有されることを證明致します」との記載があるもの)及び「添付会員証券は当ゴルフ倶楽部に於て無料にて名儀書換に応じます」と記載した同年六月二六日付けの国土興業代表取締役名義の念書(甲第一号証の一)を岡村に交付した。

本件会員権証書及び念書の交付に当たつては、松島及び岡村ともに、これによつて直ちに登茂勢の第一観光に対する売掛金債権が消滅するわけではなく、一年くらいのうちに第一観光が立ち直つて右債務の弁済をするまでの間の担保であると理解していたが、右債務が弁済されない場合には、登茂勢又は岡村が本件会員権証書によつて自ら会員になつてもよいし、あるいは、本件会員権証書を他に譲渡してその代金を右債務の弁済に充てることもできるものとされた。

5  登茂勢の売掛金債権に対してはその後も第一観光から弁済がなされず、昭和六一年には請求の相手方であつた松島も会社を退職してしまつたので、登茂勢は、昭和六二年九月ころ、本件会員権証書二通を阿部に四三〇万円で譲渡し、その代金を売掛金債権の弁済に充当した。

6  被控訴人は、昭和六二年一〇月、阿部から本件会員権証書一通を二〇〇万円で譲り受け、これに基づいて同年一二月一九日、控訴人に対し入会手続を請求した(右入会手続の請求の事実は当事者間に争いがない。)。

7  紫塚ゴルフ倶楽部の会則によると、正会員は、所定の入会手続を行い、会社(国土興業)及び倶楽部理事会の承認を得たものとすると定められ、入会する場合には、入会申込みをして会社及び倶楽部理事会の承認を得たのち、入会金と預託金を納付したときに、会員たる資格(会員権)を取得し、会員権証書の発行を受けることになる。しかし、本件会員権証書は、右の通常の入会手続を経ることなく発行されたものである。

なお、右会則には、会員の名義書換(会員権の譲渡)に関する定めもあり、倶楽部理事会の承認を得て会社が決定したものは、会員権証書を譲渡することができるとされているが、実際には、開場以来現在まで名義書換は一切認められていない。

三  前項の認定事実に基づいて検討する。

1  松島が岡村に対して本件会員権証書を交付した際の事情は前認定のとおりであるが、本件会員権証書の譲渡が行われることを前提とした念書が添付されたこと、当時第一観光の経営が回復する見通しがあつたわけではないこと、既に紫塚ゴルフ倶楽部の正会員である岡村が更に二口の会員権を保有する必要はないことなどを併せ考えれば、登茂勢が交付を受けた本件会員権証書を他に譲渡して債権回収を図ることは、交付当時において現実的に予測されていたと認めるべきである。

このような状況下で登茂勢に本件会員権証書を交付したのは、その売掛金債権を担保するために、本件会員権証書によつて取得される正会員の地位を目的として、譲渡担保を設定したものと認めるのが相当である。被控訴人は、右売掛金債権に対する代物弁済であると主張するが、そのようには認められず、また、控訴人主張のような会員募集の代行権の付与であると認めるに足りる証拠もない。

そして、右譲渡担保を取得した登茂勢は、被担保債権の履行期が経過して担保目的物の権利が確定的に登茂勢に帰属したと認められる日の後であることが明らかな昭和六二年九月ころ、担保の目的である本件会員権証書によつて取得される正会員の地位を阿部に譲渡して、その代金を第一観光に対する売掛金債権の弁済に充当したものであり、これによつて譲渡担保権を実行したものということができる。

2  本件会員権証書が、通常の正会員募集の場合にとられる入会手続を経て発行されたものでないことは、既に認定したとおりである。しかし、本件会員権証書が登茂勢に交付された前記の経緯に照らすと、右のような変則な会員権証書ではあるけれども、その取得者については、これを通常の入会手続を経て発行された会員権証書の取得者と同等に取り扱うことを当然の前提として登茂勢に交付されたものと認めるべきである。このことは、登茂勢の売掛金債権額に対して通常の正会員募集価格と同じ評価の下に本件会員権証書二通が交付されたことからも首肯されるものであるし、また、そうでなければ、譲渡担保の目的として必要な交換価値を発揮することができないことになるからである。

したがつて、本件会員権証書の取得者がこれによつて正会員としての入会を申し込んだ場合には、入会金や預託金を徴収しないことはもとより、入会の際に行われる会社及び倶楽部理事会の審査ないし承認についても、右述の趣旨に従つた制約を受けることとなるのはやむを得ないというべきである。

3  ところで、前記のように、紫塚ゴルフ倶楽部の会則は、正会員の入会について、会社及び倶楽部理事会の承認を得ることと定めており、≪証拠≫及び弁論の全趣旨によると、その目的は、会員相互の親睦を図り、倶楽部の雰囲気及び技術的水準等を維持するために、入会希望者の適格性を審査し、不適格者(たとえば暴力団構成員)は入会させないためであることが認められる。

会員権証書を譲渡担保のために発行することは会則の本来予定しないところであるが、そうであるからといつて、当該会員権証書による入会を全面的に会則の適用外とすることはできない。そこで、会則の入会審査の目的と先に認定した本件会員権証書交付の趣旨を調和させて判断すると、本件会員権証書の取得者から入会申込みがあつた場合、常に必ず入会を承認するわけではないが、前記入会審査の目的に照らして、会員の適格性を欠くと判断することが当然として是認されるような特段の事由がない限りは入会を承認する、というのが交付の際の当事者の合理的意思であつたとみるべきである。このような意思解釈を妨げる事情は見当たらない。

そうであるとすれば、右特段の事由がない本件会員権証書の取得者からの入会申込みに対して、会社及びこれと同一の法的地位にある倶楽部理事会が、入会を拒否し、入会承認のないことを理由に会員としての取扱いをしないことは、本件会員権証書交付の際の当事者の合理的意思及びこれに基づく合理的期待を無視するものであつて許されず、取得者は、形式上右承認がなくても、会員たることを主張できるというべきである。

四  以上の点を被控訴人について検討する。

1  被控訴人が昭和六二年一〇月ころ本件会員権証書一通を取得したことは、前認定のとおりである。

2  控訴人は、登茂勢から阿部を経て被控訴人に至る本件会員権証書の譲渡は被担保債権である前記売掛金債権の譲渡とともに行われたものであるところ、右債権譲渡につき対抗要件としての通知又は承諾がなく、また、右売掛金債権及びその支払のために振り出された約束手形上の債権はいずれも消滅時効の完成により消滅したから、本件会員権証書によつては会員となることができない旨主張する。

しかし、右主張を採用できないことは、原判決がその理由欄八項で説示するとおりであるから、これを引用する。のみならず、登茂勢が本件会員権証書を譲渡して譲渡担保を実行したことにより、売掛金債権及び手形金債権は消滅したのであるから、その後に至つて右債権の消滅時効を主張する余地はない。

3  被控訴人の入会手続請求に対して、控訴人がこれを拒否し、被控訴人が紫塚ゴルフ倶楽部でプレーすることを拒否していることは、当事者間に争いがない。

しかるところ、本訴における控訴人の主張は事実欄に摘示したとおりであり、被控訴人につき入会を承認していないことは認めているものの、前記会則の入会審査の目的に照らし会員の適格性を欠くと判断することが当然として是認されるような特段の事由があることは、訴訟の審理及び当裁判所における和解の機会を通じて、何も具体的に明らかにされていない。また、三3掲記の証拠によると、紫塚ゴルフ倶楽部では、これまで入会審査により入会を拒否した例はなく、ゴルフ場施設の建設代金等の支払のために債権者に提供した会員権証書による入会申込みについても、すべて入会が承認されていることが認められるのであり、この運用実態からみて、被控訴人に格別の問題があるものとは認められず、前掲証人秋山正一も、そのような問題はない趣旨の供述をしている。かえつて、前掲証人松島廣守の供述するところによると、本件会員権証書の交付当時であれば、二口の正会員権価格と売掛金債権額とが等価値であつたから入会が認められたかもしれないが、その後に正会員権価格が一口六〇〇万円くらいに値上がりしているので、そのことも入会を認めない理由になつているというのである(なお、前掲証人秋山正一は、入会申込みにつき当初の取得者である登茂勢の紹介が必要であるかのようにいうが、本件で右紹介の有無が承認を左右しているもの、若しくは左右するに値するものとは認めがたい。)。

4  してみると、他に主張・立証のない本件においては、先に説示した理により、控訴人及び倶楽部理事会が被控訴人を正会員として取り扱わないことは許されず、被控訴人は、正会員たることを主張することができるものといわなければならない。

五  以上によれば、被控訴人の本件請求は正当として認容すべきである。

よつて、同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却する

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 岩井俊 小林正明)

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